吉祥寺ホメオパシー日和
伊藤知子と申します。
ホメオパシーのことはモチロン、日々、好きなものについて書こうと思います。
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2018.09.30 Sunday
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フィリア研修旅行inイタリア 〜ボローニャ大学にて〜
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9/22〜30まで、岡本ホメオパスと、あと2人のお友達と4人で
北イタリアに行ってきました。
(このお二人の同行者とは過去生で修道院仲間だったとしか思えない
ミラクルなご縁を感じます・・また改めて)
イタリアは日本よりずっとホメオパシー先進国で
街の薬局に普通にレメディを売っています。
全部の薬局にあるわけではないのですが
10店に1店くらいの割りで扱っている感じ。
良いなあ〜。
日本も早くそうなると良いのに、と思いました。
イタリア語だと「Homoeopathy」の、頭のHはとれて
Omeopatia(オメオパティア)になるそうです。
このお店にはArn(アーニカ)、Gels(ジェルセミューム)などの単品はあまりなくて
「鼻水が出るとき」「咳が出るとき」などのコンビネーションがほとんどでした。
単品を使う=レメディの単品の知識がある、ということなので
「勉強するのが面倒」という人のためにわかりやすくなっているようでした。
さてさて、美食などに走りがちな二人ですが、学びの場にも行ってきました。
(美食に関しては岡本ホメオパスが臨場感あふれる写真と共に熱く熱く語ってくれると思うので
お任せします(笑)
こちらは、イタリア北部の人口40万ほどの魅力的な街ボローニャにある
ボローニャ大学。
「ヨーロッパ最古の大学」と言われるほど歴史が古く、11世紀頃作られました。
同時期に、パリ大学、サラマンカ大学、オックスフォード大学、ケンブリッジ大学も設立されていて
「中世大学群」と言われるそうです。
ボローニャ大学の卒業生には、「神曲」の詩人ダンテや、やはり詩人のペトラルカ、
かのガリレオ・ガリレイなども。
そして個人的に大好きな「薔薇の名前」(小説も映画も素晴らしいです)の作者ウンベルト・エーコもいます。
最初は法学が盛んだったボローニャ大学、13世紀頃から、はじめて大学の授業で解剖をはじめ、
医学の最先端を行くようになります。
こちらが、解剖教室だったところ。
真ん中にある大理石のテーブルの上で解剖していました。
こんな感じで?
教室は木の階段教室で温かみはあるのですが
彫刻が施されていたり、天井からはシャンデリアが下がっていたり豪華。
当時のボローニャ大学には貴族の子弟や裕福な商人の子などが多く
寄付などでも豊かだったようです。
解剖教室の教壇の天蓋は2体の「皮をはがれた人体」で
支えられていました。見事なものでした!
図書室は宮殿みたいでした。
でも! 現役の図書室なのでフツーに机と椅子もあり学生らしき人が勉強していたりして
「この図書室で勉強できるってなんて贅沢なんだろう〜」と
岡本ホメオパスと言い合いました。
本はチラッとみたところ「動物学」「生理学」など、医大ぽい本が多かったです。
これはいわゆる「家紋」で宮殿の壁や柱の装飾にアチコチにあるのです。
設立に尽力したとか、寄付をしたとか、そういう貴族の家紋かなと思います。
歴史を感じます〜。
「アモーレ(愛して)カンターレ(歌って)マンジャーレ(食べて)!」と
享楽的なイメージなイタリア人だけど
勉強するときはするんだな・・などと思いつつ
大学を出てきたところの広場の噴水の・・
・・おっぱい噴水を見て笑いました(^^)
やっぱりイタリアだなあ!
またボチボチと2人でいろんな切り口から書いていきたいと思います。
ぞんぶんにリフレッシュしたので、明日からは元気に通常の仕事に戻ります!
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