イギリスの霊媒さん その2

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    さて、大きめの会議室みたいなところで、電気が煌々とついている中で 霊媒のシモーヌさんのデモンストレーションがはじまりました。

    神秘的な雰囲気とか、「霊と話すには集中が必要」とかいうノリは全くなく あっさりはじまります。 まずは、シモーヌさんが今、来ている霊のことを説明します。

    「60〜70代くらいの男性で、がっちりしていて、事務職などではなく  体を使って働いていた方のようです。  
    お子さんが3人いるとのこと。お身内でこういう方のいる人は?」 というような感じでいうと、
    「それ、うちの父かも・・」とか
    「私のおじいちゃんかも・・」とか思った人が手をあげます。

    その後、シモーヌさんが霊がこう言っています、ああ言っています、と 通訳していきます。

    1時間半でトータル7人(霊?)くらい来たと思いますが 最初に「うちの身内かも・・」と手をあげた人が合っていて
    そのまま続行したのがほとんどで、1名だけ、はじめ手をあげた人が それ以外の条件を聞いて
    「あ、うちの身内ではなかった・・」と手を引込め、
    別の人が 「あ、やっぱりうちの父です」と 名乗り出ていました。

    シモーヌさん曰く。
    霊は、だいたいは亡くなったときの風貌や年頃で出てくるが、
    たまに その人が気に入っていた年代の姿(30代が最もイケていたと思う人は30代とか)で
    出てくることもあるそうです。

    だいたいはそこに来ている聴衆の誰かの身内でした。
    おじいちゃん・おばあちゃん・お父さん、という感じで、
    それなりに年をとって亡くなった方たちでしたが 一人だけ
    「21歳くらいでバイク事故で亡くなった青年」という霊が来ました。

    その青年の説明を聞いて手をあげた女性の高校時代の同級生だったそうです。
    友人で、いろいろ相談にのってあげていたとのことでした。
    その女性が私の座っていた席から見えたのですが 癒し系の雰囲気の魅力的な人でした。

    シモーヌさんが
    「彼は、ちょっとお調子者でカッコウつけるようなところがありますね」 というと、
    その女性は「そうです、そうです」と大きくうなずいていました。

    その青年は彼女が好きだったらしく、
    一応、霊媒さんを通じて 告白していきました。
    湿っぽい感じではなくて、明るく、感謝に満ちて心あたたかくなる感じでした。

    また、
    「気難しく、堅苦しく、ガンコで、一族に正直煙たがられていて亡くなったときは  
    家族や親族はホッとした」というおじいさんが来たとき、
    「たぶんうちの祖父です・・」と手をあげた女性はちょっと苦笑いしていました。

    そのおじいちゃんは(シモーヌさんを通じて)
    「生きているときにガンコで気難しく、接するのが大変な人間だったことを反省している。  
    今、こっちで出来るだけそういう欠点を直そうとしている。  
    おまえたちには申し訳なかった。」
    と、反省の言葉を述べていました。(何度も言っていたらしい)

    全員の中で、「生きているときのことを反省して後悔している」
    というようなことを言ったのは そのおじいちゃんだけでした。

    他におもしろかったことは、シモーヌさんはイギリス人で、霊の方たちや身内は日本人なので
    霊が何か手に持って来たりすることがあるようですが
    シモーヌさんはそれが何かわからない、読めない、というものがあることでした。

    一人のお父さんの霊のときは
    「手に本を持ってきて示しています・・・が、私は日本語が読めないので何の本か言えないのですが・・  
     たぶん植物図鑑か何かのようです。わかりますか?」
    と、シモーヌさんが言うと、 聴いていた方(霊のお父さんのお子さん)は、
    ものすごく首を縦にブンブンふっていました。

    また、あるおばあちゃんの霊のときは
    「手に植物を持ってきてます。こう(ジェスチャーで)長くて、フタマタに分かれていて  
    先っぽに何かベタベタ、ネバネバするものがついているような・・・  
    私はこの植物、知らないのですが・・心あたりはありますか?」
    とシモーヌさんが言い、 聴いていた方(霊のおばあちゃんのお孫さん)は
    「あります!あります!」と言っていました。

    ちょっとホロッとする場面もありましたが 全体的には明るいサッパリした感じで、
    帰り際に友人たちと 「なんかホノボノというか、心が暖かくなる感じだったね〜」などと言いながら
    千駄ヶ谷の駅でお茶して帰りました。

    3人で行ったのですが、去年亡くなった3人の共通の友人が来たりするかね?なんて
    みんな思っていたのですが 彼女は来ませんでしたね。

    霊媒の勉強をしている友人も
    「Y子は性格的に来なさそうだよね・・(目立つ場所とか好きではないし)」と 言っていました。

    向こうの世界、というのがあるのかどうか 本当にはわからないですが
    そこに来ていた霊の人たちみたいに穏やかでいられるなら
    向こうもそう悪いところではなさそうだな、なんて思ったりもしました。
    posted by: philiaito | おもしろ楽し | 10:44 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |

    第21回フィリアセミナーでした

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      今日は毎月恒例のフィリアでのセミナーでした。

      お題は、時期モノの『花粉症セミナー』。

      目・鼻・喉などの部位別に花粉症に合うレメディやマザーティンクチャーを

      紹介していきました。

      もちろん急性に花粉症の症状がでたときに、役に立つホメオパシーですが

      本当は、症状が出ないときからの臓器のサポート、ミネラルのバランスを整える、

      マヤズム治療、デトックスなどが大事なので、そういうお話にもなりました。

      さて今日のスイーツ。

      今日は私が「スイーツ当番」だったので

      荻窪のなじみのお店『ノザン・セートル・ドゥ・ドゥマン』の

      「かまどの林檎」という林檎のパイにさせていただきました。


      『ノザン・セートル・ドゥ・ドゥマン』はこんなお店です・・・と

      画像を載せようとしたらなんだか急に写真がアップできなくなりました・・。

      なので画像は無しで。

      また後日、載せられたら載せます。

      「1台のパイに1kgの林檎を使っている」とテレビで紹介されたこともある

      「かまどの林檎」は林檎が本当にどっさりのっています。

      これも写真はとったのですが今、アップできなくて残念です。

      今日は寒さのせいか急な体調不良などでキャンセルが出て

      人数は少なめでしたが、ますますアットホームな感じのセミナーになりました。

      恒例の「自己紹介+アルファ」のプラスは

      「自分が一番好きなマンガ、もしくは小説」ということで

      「ベルサイユのバラ」「ガラスの仮面」「はいからさんが通る」

      「あさきゆめみし」「イマジン」「バカボン」「綿の国星」

      「キャンディ・キャンディ」「物陰に足拍子」などなど・・

      懐かしのマンガの話で盛り上がりました。

      「うわさの姫子」なんて、何十年ぶりに思い出しました。懐かしかったです!

      しかし、皆さんが口々に言うマンガをほぼすべて知っている私と岡本ホメオパスの

      オタクっぷりも露わになっていました(^^)

      このお題もなかなか考えるのが難しいのです。

      良いネタがあったら教えてくださいませ〜。

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      3月はセミナーはお休みです。

      次回のセミナーは

      4月20日(日)「はじめての人のためのホメオパシー」13時から、です。

      いつもの通り、「ホメオパシーおしゃべり会」も続いて開催します。

      お茶&お菓子つき 参加費1000円です。

      初めての方も、いらしたことのある方も、お申込みお待ちしています。









      posted by: philiaito | ホメオパシー | 22:39 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

      イギリスの霊媒さん その1

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        友人で、仕事はカッチリとした固いお仕事についていて、
        趣味がとても面白い人がいます。

        去年の夏は、イギリスのサマーセミナーに参加して
        「霊媒の勉強」をしてきたそうです。

        日本でもそういう学校に通っていたそうで。

        話を聞くと
        「さすが幽霊や幽霊屋敷大好きで
        『幽霊屋敷』と認定されると資産価値が上がる国だけあるな」

        思ったのですが
        London郊外の160年くらい歴史のある学校、
        AFC(アーサー・フィンドレイ・カレッジ)には
        「心霊科学科」というような科があるそう。

        (と、言ってもイギリス全土でそこだけだそうです。)

        そこの講師のシモーヌ・キーさんという方が日本に来て
        1日だけ無料でデモンストレーションをする日がある、とのことで
        友人が連れて行ってくれました。

        シモーヌさんは40〜50歳くらいの知的で優しそうな方でした。
        霊媒の仕事もしつつ、カレッジの心霊科学科の講師をされているそう。

        「自分はこの仕事(霊媒)を20年以上やっているけど、コワイ目(?)に
         あったことなどは一度もないわ」
        と言ってらっしゃいました。

        会場には60名くらいの人が椅子に座っています。

        そこの誰かに関連のある霊と
        シモーヌさんが話をする・・というか
        霊のいうことをそのまま聴衆に伝えます。

        「○歳くらいの男性です。こういう体格、こういう見かけの特徴があります。
         こういう職業だったそうです。
         
         こういうことを言っています。お心当たりの方は?」と
        いうふうに言われるので
        聴衆の方から
        「あ、その人、私のお父さんです!」とか
        「たぶん私のおじいちゃんだと思うんですが」と
        手を挙げて言わないといけません。

        さて、1時間半ほどの実演が始まりました。

        少し長くなりそうなので
        次記事に続きます。

        posted by: philiaito | おもしろ楽し | 11:30 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

        懐かしのアトピー日記

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          引っ越しにともなって掘り返された「過去の遺物」の中に
          16年前から〜5年くらい前の日記帳たちがありました。

          一番前のものは29歳くらいのときのものなので
          今、読み返すと
          「ギャー!恥ずかしい!!!」と叫んでバタンと日記を閉じる、
          くらいのことを色々とやらかしていました(汗・寒いのに冷や汗)

          もう若いというか青いというか、ホントにスミマセン・・みたいな
          気持ちになりました。

          幼少期から肌が弱く、今思うと「血液が濁っていたんだな。免疫力も弱かったんだな」と
          わかりますが、
          ちょっとの傷でも治りにくかったりすぐに膿んだり、
          湿疹も出来たらしつこかったり、
          夏は汗疹もひどかったです。

          「アトピーですね」と診断されたのは18歳のとき。

          夏にできた汗疹が秋になってもいつまでも治らずにひどくなっていったので
          皮膚科に行ったところ、そう言われました。

          そこから、小康状態やひどくなるのを繰り返していましたが
          30歳のときに大悪化。

          日記を読んでいたらところどころにアトピーに関する気持ちが
          書いてありました。

          30歳のときの日記の一節。まだホメオパシーに出会う少し前です。

          「10/2 アトピーになってひどくて苦しいし、とてもつらかったけど、良いこともあったな。
          職場のみんなの優しさが身にしみたこと、○○ちゃん(当時一緒に住んでいたルームメイト)の屈託のない明るさに助けられたし、健康のありがたみも身にしみたし。
          乳製品とか砂糖を避けていたおかげで、今までだったら食べなかったメニューや食材を食べるようになって色々美味しいものにも出会ったし。
          やっぱり何より、アトピーとか皮膚病のひとの気持ちが少しはちゃんとわかるようになったし。
          うん。いいこともいっぱいあったな。 
          今日は自転車を買いました。」

          と、割と前向きな気持ちの日もあれば、
           

          「10/9 今、本当に本当にアトピーがひどい。つらいです。すごく苦しいです。
           首の回りに火の首輪をつけられたように24時間、首の回りがカッカッと熱く、
           痒いし痛い。
           昨夜もアイスノン2個を交代で当てていたけど、ほとんど眠れなかった。
           
           本当にひどい。
           首のまわりや両腕、ケロイドか象皮みたい。
           顔にも出てきて皮がポロポロ剥ける。ハッキリいってすごく苦しい。本当に苦しい。
          混んだ電車に乗るのもなんだかいやです。
          しんどい。せめて夜、良く眠れるようになりたい。」

          と、アトピーのしんどさに負けてメゲメゲな日もあり・・。

          「はやくなんでも食べられる体に戻りたいなあ。
          はやくきれいな肌になりたいなあ。
          顔や首に出てるから人と会うのがはばかられるなんて、情ないなあ。」

          「昨日、大バカにもコーヒーゼリー生クリームつきを食べてしまったので、夜、
          とっても苦しみました。せっかくちょっと治っていたのに。逆戻りしてしまいました。
          でも絶対、絶対、治る、治すから!」

          とか、色々な気持ちを綴っていました。

          そしてところどころ
          「アトピーだってなんだって、病気だって、前向きに戦って「治そう!」という意志が
          一番大事なんだ!」

          と、暑苦しいスポコン好きのノリがあったりしました。

          アトピーが一番ひどかったのは30〜32歳頃でしたが、気功に出会い、ホメオパシーに出会い、
          波はありながらも、現代医学の力は全く借りずに完治していきました。

          まだアトピーは残っているものの、自分で
          「自分は良い方向に向かっている」と思えた頃の日記には

          「腕の傷跡はまだひどいけど、腫れは引いてきてる。首の赤味も少し薄くなったし、
          夜も続けて眠れる時間が増えてきた。もう少し、がんばろう。」

          とか書いてあり、
          ほぼ完治に近くなってきたころには

          「このアトピーと戦った日々は、少し、私の中の何かを変えたような気がします」と
          書いていました。

          今、思うと、アトピーになっていなかったらホメオパスにもなっていないワケなので
          アトピーのおかげで、すごく人生が良く変わったんだな・・・と
          しみじみ思います。

          改めて、人生に起こることは全部勉強、無駄なことはないな、とも。

          あとオマケ話をひとつ。

          ホメオパシーに出会う前に行っていた気功の先生のところで、
          あるとき、六角柱の形のローズクオーツを買っていました。

          その気功道場でも、いつもそういうものを売っているワケではなく
          患者さんの一人が持ってきて飾ってあった(売るためにですが)ものでした。

          私はそんなに貴石に興味はないのに、(今も、それと水晶1個しか家にないです)
          たぶん「女性の美しさなどに良いらしい」と説明を聞いて買ったと思われます。

          1万円くらいだった記憶があります。

          日記を読んでいたら、その少し後に夫と付き合いだしていました。

          「ローズクオーツって恋愛に効くとかホントなのかな??」とちょっと面白かったです。
          posted by: philiaito | - | 09:46 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

          「疾風ロンド」

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            東京の今日の雪はすごいですね!
            皆様のお住まいのあたりはいかがでしたか?

            私はフィリアに行って帰ってきましたが
            行きはまだ、雪を踏んで歩く感覚を楽しむなど余裕でしたが
            帰りは自宅の目の前で遭難しそうになりました。

            公道は車や人の往来で雪が蹴散らされていますが
            家の前の細い私道は人の出入りがないので、
            積雪20cm超えくらいになっていて膝まで埋まりそうでした。

            今日のフィリアからの眺めです。




            水墨画のようです。

            3日ほど前に、60代の知人のマダムから
            東野圭吾さんの「疾風ロンド」という小説の文庫本を頂きました。

            「強力な生物兵器を雪山に埋めた。雪が溶け、気温が上昇すれば
             炭疽菌が散乱する仕組みだ。場所を知りたければ3億円を支払え、と
             脅迫してきた犯人が事故死。
             上司から生物兵器の発見を命じられた研究員は息子と共に
             とあるスキー場へ向かう」

            という出だしで、ほぼ全編、雪山が舞台。

            彼女は
            「お正月は裏磐梯高原ホテルに長期滞在して過ごしたの〜。
             雪に閉ざされたホテルで読むと、小説も臨場感があって良かったわ」と
            優雅にのたまっていましたが
            今日は吹雪の中の自宅で読んでもなかなか臨場感がありました。

            この小説で、犯人が脅迫に使うのが「炭疽菌」というもの。

            実はホメオパシーのレメディでも
            Anthr.(アンソラックス)という、炭疽菌から作られたレメディがあるのです。

            レメディとしては、悪性の膿疱や潰瘍だとか、大きくしつこいニキビ、ねぶと、など、
            それから敗血症っぽい症状に使われるようなレメディです。
            また、日本ではそうそう見られなくなった病気ですが「天然痘」にも良いレメディだとか。

            このレメディ自体、パスツール以前から研究されたとのことなので
            結構歴史のあるレメディのようです。

            そういう前知識があったので
            「炭疽菌がばらまかれたら、みんなに天然痘のような症状が出たりするの?
            それは恐ろしい生物兵器だ〜」
            と思って読んでいたのですが
            実際は(というか小説内では)呼吸困難になって死に至るが、
            インフルエンザなどと見分けがつかない、
            ということになっていました。

            それでも実際、そんな事件があったら大変ですけどね。

            ちなみにまだ、小説を最後まで読んでいません。
            読書の途中休憩にブログを書いておりました。

            さて、主人公たちは無事に炭疽菌の入ったボックスを回収できるのか?
            これから臨場感を感じつつ続きを読もうと思います。


             

            posted by: philiaito | | 17:57 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

            Good Bye, Mr.Lawrence

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              しばらく前の話ですが、去年の12月に俳優のピーター・オトゥール氏
              亡くなりました。

              「アラビアのロレンス」という映画で主役のロレンスを演じた方で
              往年の映画ファンには知られているかと思いますが
              若い方はあまりご存じないかも知れないですね。

              この「アラビアのロレンス」は、「映画ベスト100」的な大きなアンケートを
              とったらベスト5くらいにはほぼ入ってくるような名作中の名作。

              アカデミー賞も、作品賞・監督賞・撮影賞・編集賞・美術賞・作曲賞と
              ほぼ独占しました。

              ただ、歴史物で政治や戦争の話がややヘビーなこと、
              上映時間が膨大(もともとは207分の大作でした)なこと、
              DVDで見たのでは全く良さがわからず、大画面なら大画面ほど
              素晴らしさがわかる、
              というタイプの映画なので
              だんだん知っている人は減っていってしまうのかな〜と思うと残念です。

              でも、前に池袋の名画座でリバイバル上映があると知ったとき行ったのですが
              満員でした。ときどきやってくれると良いなと思います。

              実はこの映画と、このピーター・オトゥール氏には
              自分はとても思い入れがあるのです。

              20歳でオーストラリアに行ったとき、
              現地のとんでもなく大きいスクリーンでたまたまこの映画を見て
              すごい衝撃を受けました。

              映画の大半は砂漠が舞台で、おそらく今まで撮影された映画の中で
              もっとも砂漠が美しく撮られた映画かと思います。

              砂漠の雄大さ、美しさ、
              「これぞ映画!」というようなスケールの大きさ、
              それからピーター・オトゥール氏のびっくりするような青い目に一目惚れしてしまいました。

              それがもとで、数年後にロンドンの映画学校に留学したりしたワケです。

              ロンドンで色々な国の友人たちが出来、ときどき
              「どうしてロンドンの映画学校に来たの? 日本にも、アメリカとか他の国にも
               映画学校はあるでしょ?」
              と質問されました。

              そのときいつも、「アラビアのロレンス」とピーター・オトゥール氏に憧れて、という
              話をしていたのです。

              あるとき、友人の一人が
              「私の友人がハムステッドでイタリア料理の店をやってるんだけど
               Mr.オトゥール、毎週土曜日の夜は必ずそこに食事に来るよ」
              というのです。

              それは是非、お会いしたい! そこに行ってみたい! というと
              友人は
              「でも、もうおじいちゃんだよ? まだ結構小さい息子さんと、家政婦さんと
               いつも3人で来て、静かに食事して帰るんだって」
              と言いましたが、
              モチロン、行きました。
              土曜日の夜に、この写真の大判の本を持って。

              サインをしてもらおうかな、何か一言「ファンです」とか言おうかな、と
              思ってドキドキしながら店のテーブルで待っていたら
              本当にいらっしゃいました。

              小学2〜3年生くらいに見える男の子と、あったかいおばさん、という感じの
              家政婦さんらしい女性と、長身で細身のオトゥール氏が
              静かにテーブルで食事を始めました。

              確かに、お歳を召されていて、病気をされたためかやつれたような感じもありましたが
              やはり姿勢が良く、たたずまいに品があり素敵な方でした。

              友人や、お店のマスターが
              「食事が終わったら話しかけても良いんじゃない? ほら、サインもらっておいでよ!」と
              横で言ってくれているのに、そのときの私はどうしても話かけられませんでした。

              彼のフィルモグラフィーを見ると、役柄には
              「ヘンリー2世」「ティベリウス帝」「アウグストゥス」「プリアモス王」など
              身分の高い役が多いようです。
              それも、傲慢な権力者や強い王、というのではなく
              トロイが滅びたときの王様であったプリアモス王のように
              歴史の中で滅びの悲しさを表すような役。

              そのレストランで静かに食事をとるオトゥール氏にも
              「国が滅びたけれども一命を永らえ隠遁して暮らす王様」というような雰囲気が漂い、
              その雰囲気にズカズカと割って入りたくなかったのでした。

              3人は食事を終え、コーヒーやデザートも終え、静かに席を立っていきました。

              本当に、自分だけの小さな思い出ですが。
              訃報を聞いたときは、ちょっと悲しく、そして静かにご冥福をお祈りしました。

              ちょっとホメオパシーの話をすると、
              ピーター・オトゥール氏は断然「Syph(スフィライナム)」梅毒マヤズムの人で
              あったのではないかなあ、と思います。

              そして、実在の人物であった「アラビアのロレンス」も。

              Syphは、「滅ぶ」「破滅」などのキーワードなどがあり、
              ホメオパスとしてはクライアントさんをそこから遠ざけるのが仕事なのですが
              Syphには、「滅びの美しさ」「退廃的なデガダンス」という要素もあり、
              芸術・映画・魅力的な人物というのには
              そういう要素があったりするなあ、と
              改めて彼を思い出しつつ、考えていました。

              この映画を未見の方は、ぜひぜひ名画座でご覧ください。
              私もいる可能性大ですので、見かけたらお声をかけてくださいませ〜。



              posted by: philiaito | 映画 | 12:20 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |